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「実測術」シリア・ダマスクス篇
実測術

「実測術〜サーベイで都市を読む・建築を学ぶ」陣内秀信・中山繁信編著

学芸出版社/法政大学宮脇研究室と陣内研究室の実測調査の記録集です。

以下は一部執筆を担当した実測術の原稿です。

「実測術〜サーベイで都市を読む・建築を学ぶ」陣内秀信・中山繁信編著

シリア・ダマスクス篇

生き続ける最古の都市
ダマスクス(シリア社会主義共和国)
「異邦人」を聴きながら

 そもそも僕がフィールドサーヴェイに関心を寄せていったのは、あくまでも建築設計を目標としてきたためであった。大学院という自分にとっては最後の自由が利く期間に、いかに多くの空間を体験し、そしてその体験を通じて都市と建築の関係性を自分の中に取り込めるかが一つの目標だったのである。


■旧市街に魅せられて
 僕は一つの国や地域に限定されずに、機会のあるたび各地の調査に参加できた。しかしそれも初めての海外旅行の際に、教授からカイロ旧市街の邸宅を教えていただいたのがきっかけであった。おおざっぱな地図を渡され、数カ所の邸宅を指示される。何とかなるだろうとタカをくくって現地に行く。迷路のように曲がりくねった路。あふれかえる人ごみと、荷車を引く家畜達。喧騒にまみれた土壁の街路と、静寂に包まれた中庭住宅。さまよいながらも目標にたどり着く達成感と、イスラム都市の持つ魅力が、その後の調査へのモチベーションになっていったのだと思う。

■最古の街へ
 1991年のシリア・ダマスクス調査は、モロッコについで2度目の環地中海世界の調査地であった。ダマスクスは現存する最古の都市であるとともに、イスラム社会に欠くことのできないシリアの首都でもある。当然首都機能は新市街にあり、近代的なビルの立ち並ぶ大都市となっているが、我々の調査対象の旧市街は昔ながらの生活が息づく街である。車が我が物顔で走り回る新市街から城壁の内側に入ると、今度は人間が主役の街が姿をあらわしてくるのである。
 調査地として望ましい場所には共通点がある。料理のうまい国であること。そして人が親切であること。料理がうまくて人がいいなんて、旅行雑誌の売り文句みたいだけれど、そこには理由があります。
 まず料理がうまいところというのは文化的にレベルが高いところが多いのである。長い歴史があり、文化が育まれたところには当然様々な材料が都市に流れ込んでくるし、そこから様々な料理が生まれるのである。
 人がいいところなんて当たり前と思われるかもしれないが、ホスピタリティが高く、しかも異人である僕達を受け入れてくれる人々は、異文化を受け入れてくれる許容度を持っており、その分文化的に奥が深いように感じるのである。実際のところ調査で疲れた僕達にとってはおいしい料理と、調査しやすい土地であるってだけなのかもしれませんが、調査がうまくいったと感じるのは実はこういう点にあるのかもしれない。
 そういう観点から見ても、ダマスクスという街は充分満足できる場所であった。招待された住宅で出てきたご馳走はもちろんなこと、何気なく食べた焼きトマトと羊肉のハンバーガーまでも驚くくらい美味であった。人の良さから言っても、他の土地よりも明らかにわかるくらいに違ったのである。日本人が珍しいというのは確かにあるかもしれないが、何の気なしに覗いた工場のおじさんと目が合っただけで、すぐに手招きして工場の案内をするというのは、なかなか経験できないことであった。もちろん営利目的などではなく、外国人に対する純粋な好奇心と、自分達のことを知ってもらいたいというプライドによるものだと思う。


■異邦人を逆手に
 住宅を調査して一番嬉しい瞬間は、まったく素性も知れず言葉もろくに通じない外国人である僕達を、暖かく家の中に迎え入れてくれた時である。土壁の街路は、やはり日本の町並みに慣れた僕達には排他的に感じる。肉体的に疲れている時には閉ざさた扉が続く光景というのは想像以上に精神的に厳しいものである。しかしその光景も何かのきっかけによって扉が開いた途端に、楽園への扉に変ってくるのである。自然が厳しい環境に培われて発展してきた中庭住宅は、僕達のような旅人にも充分すぎるほどの恩恵を与えてくれるのである。
 だから僕達はそのパラダイスに入るためにいろんな努力をする。とくに子供達との交流は有効な手段である。好奇心の固まりのような彼らに、あまり外国人の入り込まない住宅街で、見たことの無い日本人がなにやら不思議なことをやっている。その当時の僕のいでたちといえば、長髪を後ろでまとめ、皮のフェドーラ帽をかぶり、片耳にはピアス。さぞやダマスクスの少年達の好奇心は刺激されたであろう。
 彼らが関心を示してくれたら、あとはこちらの熱意である。通訳不在で言葉が通じなくても、ジェスチャーでこちらの真意を伝えようとする。目を人差し指で指した後、家の扉を指す。中に入りたいと目で訴えかける。ダマスクスではこれが面白いように効果があったのである。子供に連れられて入ろうとして断られることはほとんどないのである。
 土壁の街路と打ってかわって、噴水を中心とした中庭には様々な植栽がなされ、幾何学的に大理石が張り巡らされている。イーワーンの存在も住宅を語る上で見逃せない。さっそく調査にかかるが、実測作業自体にも興味を示す彼らに、測定器の片方を持ってもらい手伝ってもらうこともあった。調査が一区切りつくと当然のようにお茶やお菓子が出てくる。お昼が近いと昼食に誘われることもあった。
 さらに一つの住宅で実測を始めると、賑やかな様子を聞きつけた隣りの住民が次はうちを計っていけとばかりに声をかけてくる。あまりのことに分散して実測するのであるが、それぞれがどこにいるかは、街路の土壁にポストイットを貼って知らせあっていた。土壁の上のポストイットの黄色はさぞや気になる存在であったろう。


■調査の勲章
 数多くの住宅にお邪魔して、実測をさせてもらったが、中でも特に印象深かったのが、キリスト教徒とイスラム教徒が混在して住む地区のお宅であった。その住宅は Plan Cadastralで見ても大きな住宅であり、地図上では複数の中庭が確認されていた。そこは大きな住宅を集合住宅化して使っていたのである。イスラム教徒は血縁関係のある複数の家族が一つの住宅の中に住むことは普通であるが、ここでは血縁とは関係なく、ギリシャ正教を信仰する13家族56人が住んでいたのである。一部屋一家族で住み、広い中庭には小屋を建てて暮らしていく家庭もあった。
 ここは調査した住宅の中でも指折りの大型住宅であったために、延べ3日間も通うことになった。そこの家族ともずいぶんと馴染みになってしまい、街角で声をかけられることも多くなった。バイクメーカーと同じファミリーネームのために、「スズキ、スズキ」と彼らも呼びやすかったようである。またキリスト教徒の女性達は、男性と接することに関して戒律がないために、ずいぶん積極的に僕達と接してくれた。彼女たちからは、調査の最後に何故か僕だけが花やスカーフをプレゼントされた。しかし男性としてもてていたのではなく、同性として見られていた節があった。真相はわからず終いであったが、フェドーラ帽に巻いた真っ赤なスカーフは一つの勲章であった。

■調査の日々
 昼間の調査が終わると、夜はミーティングが待っている。今日の成果と、明日の方針を決めるために、夜遅くまで続くのである。短期間で結果を出さなければいけない海外調査では、実測図面の清書こそしないが、分析はその日から始められる。肉体的にも精神的にも疲労は重なるので、睡魔と闘いながらも議論を繰り返していた充実した日々は、懐かしいことこそあれ、不思議とつらかった思い出は出てこない。むしろお酒片手に土地の音楽をかけながらの、熱い議論は懐かしいものである。
 いかに貴重な体験をしていても、人に魅力持って伝えなければ調査自体の価値も半減するというものである。特に人と人との繋がりに対しては、言葉が通じなくても共有できることがあると感じられた。これはその後の設計活動をしていく上での、大きな糧になっていると感じている。

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