go to brand-new diary

past sync days : end october 2004

 october theme :スラバヤ通りの妹へ / 大江千里

_2004.10.16 [2001] [2002] [2003]

どうにも薄ら寒い10月後半。思わず暖房のスイッチを入れてしまう。

地味にスタジオ籠り。午後から図書館に行って風邪気味の長男K氏のために絵本を借りてくる。長新太のものが最近のブーム。天気もはっきりしないせいか妙に図書館も閑散としている。変な10月である。そして夕方妙に奇麗な夕焼けが観られる。

世界ふしぎ発見!を観ようとリビングに行くとK氏がやってないと言って怒っている。どうやら野球のせいで延長しているらしい。夕食前にもガンダムがやっていないと怒っていたらしい。延長には困ったものです。K氏曰くちゃんと放送しないテレビなんて捨ててしまいなさいとのこと。いやテレビ自体には罪はないんですけどね。。。結局90分遅れ。今日は吉村先生のエジプトもの。なかなか面白い。特に青タイル(?)貼りの墓壁が実に幻想的で素敵である。K氏は結局観られませんでした。楽しみにしていたのにちょっと可哀想。

_2004.10.17 [2001] [2002] [2003]

快晴。秋の好日の予感。

栗本薫「GUIN SAGA97 ノスフェラスへの道」読了。一旦停止したドラマがまたゆるゆると動き出した感じがします。結局人間ドラマがこの小説の骨子なんだと実感。しかし来年には100巻か。。。

長男K氏の七五三の写真が出来上がったので田無方面に取りに出かける。好天の割には車の量が少ないような気がする。行楽地にでも出かけているのでしょうか。受け取りを済ませてそのままお昼はマクドナルドへ。ここも日曜日にしては混んでいない。K氏の同級生家族にお会いする。

午後近所の石神井氷川神社の大祭が開かれているので参拝に行く。基本的にこじんまりとした神社なのですが歴史はあるので雰囲気はよろしい。神楽の音色を聞きながらお参り。鬱蒼とした杜はそのまま城跡を含めた石神井公園に流れていく。せいぜい40ほどしか出ていない縁日の出店を冷やかす。K氏がすくいものをやって綿飴を購入してから撤収。正直烏賊焼きの匂いには惹かれるが経験上裏切られる確率が高いので我慢する。ふう。

アルビレックス新潟vs鹿島アントラーズは1-0で猛攻を凌いで勝利。なんと4連勝で2nd3位/年間9位。あわわわ。出来過ぎですね。相変わらずのビッグスワンの状況が羨ましい。一度観たいなぁ。。。

_2004.10.18 [2001] [2002] [2003]

本日も快晴。風もなくおだやか。

昼過ぎに代々木方面の某ショールームに向かう。輻射熱を使用した冷暖房装置を見学+打ち合わせ。なかなかよさそう。営業担当がちゃんと悪い点も正直に語ってくれるのが信頼できそうです。

帰宅途中頭痛。帰宅後夜なべ仕事に入るもちょっと熱があるので早めに就寝。

_2004.10.19 [2001] [2002] [2003]

午前中近所の内科に来院。午前中は寝て過ごす。

午後からようやく復調してくる。台風の影響か雨が激しい。スタジオが薄ら寒いのでフリースを出してしまう。ちょっと早いでしょうか。

日本シリーズでトム・クルーズが始球式をやるというのでそこだけ観る。やはり小柄ですね。

寝た分を取りかえすために夜なべ仕事に入る。やれやれ。

_2004.10.20 [2001] [2002] [2003]

台風接近中。長男K氏は昨日遠足が流れ今日はお芋掘りが流れる。秋の行楽シーズンは今年の10月には誇大表記というものですね。晴れた日の記憶が薄い。

どうやら昨日から日記の更新ができず白紙ページを晒していた模様。復旧いたしました。現在のサーバでの容量が限界だったようです。レンタルサーバ借りているんだから移ればいいんですけどリニューアルとの兼ね合いで対応が遅れております。何はともあれご指摘ありがとうございます>友人T氏。その後N社からメール。管理システム上の問題もあったとのこと。しかし早期移転しなくてはいけないことにかわりはないようです。

某所の原稿チェック。ついつい内容だけでなく表現の方にも赤を入れてしまう。越権行為失礼いたしました。。。

夕方雑用で高田馬場まで染赤号で往復。折しも台風23号:TOKAGEの影響で雨が激しくなってくる。さくさくと用事をこなし帰還。復路は一時ワイパさえ追っ付かないような降りに。でもちょっとワクワクしている不謹慎な心持ちも多少あり。

某案件で某氏と電話で打ち合わせ。全然要求を満たしていない。要再考。

夜半になると夕刻よりも明らかに雨が弱くなってくる。しかし台風の進路図としてはこちらに向かっている。これからなのでしょうか。

_2004.10.21 [2001] [2002] [2003]

結局真夜中になって外はすっかり雨もやんで風もなくなる。どうやら暴風域は外れた模様。不謹慎ながらもちょっと肩すかしと思う0145時。でも各地で被害は大きいようですね。

本日は某案件の打ち合わせで港区方面に向かう。いまだ雨風は強そうです。晴れることを祈りながら折り畳み傘で駅まで歩いていく。赤坂にて軽い打ち合わせをして港区某所へ。打ち合わせは好感触?まだまだ実作業が動くのは先になりそうですけど。昼休みに友人H氏と某社の社食でお昼をいただきながら打ち合わせをする。

乃木坂ギャラリー間にてアンジェロ・マンジャロッティ展鑑賞。イタリアンモダニズムの建築家/彫刻家の展覧会。家具のジョイント部や構造システムが美しい。重力のデザインという言葉が素敵です。ギャラ間名物の中庭展示ではPCの原寸模型が展示されている。名前とプロダクツしか知らなかったのですがちょっと興味が湧いてきました。

台風一過の青空の下帰宅。以後スタジオ籠り。夜中にふいに思い立ち簡単な工作をはじめてしまう。真夜中の工作員ということで。。。

_2004.10.22 [2001] [2002] [2003]

朝一で小金井方面に散香号で出かける。天気がいいのでペダルが軽い。7.5kmを25分ほどかけて到着。エコ研の備品デザインの打ち合わせを後輩T氏と。雑談後すみやかに撤収。お昼は家人M氏と上石神井に出かける。一圓のネギラーメンが美味しゅうございます。

夕方高田馬場へ向かう。仙台の御意見番K氏Nordy'sBarへ行く。最近のK氏の活動をいろいろ見せてもらう。特に仙台の地酒森民酒造本家のカタログは力作ですね。その後居酒屋に河岸を変えて喋りまくる。人と話していると自分の考えが整理されてくるので話している話題以外にも自分の中での発見が多く有意義な時間を過ごせる。

帰宅してからも焼酎をチビチビと飲みながらいろんなことに思いめぐらす。たまにはこういう日があってもよろしい。

_2004.10.23 [2001] [2002] [2003]

快晴。されど長男K氏風邪気味。午前中はインドアで大人しく過ごす土曜日。

午後から中野の先輩O氏のご自宅へ向かう。散香号で新青梅街道を東へ。環七を超えてから右折。以前から場所の確認をしようとおもっていたちめんかのやを発見する。建築家斎藤裕氏の1988年の作品。現在はBar&Galleryとして営業されている。蔦の絡まる建築は外観だけでも興味が引かれます。次回時間のあるときに再訪いたしましょう。O氏宅で林檎のお医者さんを少々。2.5時間ほど格闘して症状改善いたしました。帰路はすっかり暗くなっていました。

帰宅後新潟中越地方の地震を知る。震度6強。東京でもその後何度も揺れを感じる。当然電話は繋がらない。携帯を持っている人には取りあえずメールを送っておく。ジリジリとした気持ちを抱えながらTVで被害状況を確認。しばらくして石川在住実兄T氏から電話。長岡と電話が繋がったとのこと。父K氏は無事。安堵しつつもこちらからも電話しようとするが繋がらない。

そうこうしているうちに義母K氏からメールの返信。メールは徐々に到着している模様。知人からの勧めもあり公衆電話から父K氏義母K氏に電話を入れる。両方とも難なく通じる。試しに携帯電話にかけるがこちらは通じず。取りあえず身体的には家族が無事との確認ができ安堵。その後携帯メールで状況確認をするが、あまりにも使い過ぎて携帯電話のバッテリ切れを心配して自粛することに。また方々からメールなどで私に慰問メールが多く届く。多謝であります。

その後も余震は続く。震度6クラスが3度、震度5も多く。結局こちらからは黙ってTVの情報を見ることしかかなわず。なんともいえない夜を過ごす。

_2004.10.24 [2001] [2002] [2003]

友人H氏経由で知ったニシモト☆タロウさんのHPの地震に関連したリンク集友人T氏経由新潟県からの災害速報。今回の地震に関しては未知の活断層によるものだとの意見も出ているそうです。そう考えると日本に住むことだけに関わらず日常というものが如何に危ういものであり大切なのかを感じてしまいます。

朝再び長岡と連絡がつく。家屋自体にも被害はほとんどないがライフラインは同じ市内でも差ができている模様。父K氏は朝一番に母の墓を確認したとのこと。墓石もずれていたそうですが倒れはしなかったそうです(隣の墓は倒れていたので運がよかったのでしょう)。夜も明けて情報が集積されはじめたので実際の被害が報道されています。平成16年新潟中越地震と命名とのこと。

ジュビロ磐田vsアルビレックス新潟は3-1で惜敗。しかし試合では黙祷と喪章、スポンサー(ネスレ)からはミネラルウォーターの提供、募金と被災地に対する心遣いがうれしい。新潟の反町監督のコメントからも複雑な心境が感じられる。またヴィッセル神戸からは2試合分の売り上げがそのまま被災地に義援金として送られるとのこと。ありがたいことです。

夜のニュースも中越地震の報道に釘付け。観ている最中にも東京でさえ感じる地震が起きる。胃がシクシクと痛むようなである。しかし交通網は分断され現地に行くのも不可能。新幹線が最低2週間は復旧までかかると報道されているが、カメラの遠景で見ると高架柱が座屈しているかのように見えるところもありその辺の点検を入れると通常運行までは遠そう。高速道路も何か所も隆起などで分断されている。いろんなことが手につかない。気は焦るばかりである。。。

_2004.10.25 [2001] [2002] [2003]

ラジオのニュースに気が向きそうになる午前中。天気はいいが気はそぞろ。打ち合わせの準備に無理矢理集中。

午後から代々木方面の某ショールームに向かう。阿佐ヶ谷K邸打ち合わせでK氏夫妻とともに向かう。担当者に説明いただく。ふむふむ。提案書をいただき撤収。近くのカフェで打ち合わせ再開。細かい点を詰める。赤坂に向かう。某所にて打ち合わせ。H氏と某案件について話をする。友人K氏とところに顔を出す。何処も忙しいのです。せっかく赤坂に来たのでS氏にも会ってから帰途につく。なんか足がだるいのです。ふう。

某案件多忙につき出来ず仕舞。ご迷惑をおかけいたしました。。。

父K氏と連絡を取る。昨日から水道・電気が復旧し、なんとかライフラインは確保できたとのこと。命と家があるだけで幸いとのこと。ただ余震が続くので落ち着かないとのこと。都市型の阪神大震災とはまた違った山間部の被災状況が深刻のようです。

_2004.10.26 [2001] [2002] [2003]

赤十字による新潟県中越地震災害義援金へのリンク。

朝から雨。多忙多忙。一息つく暇もなく夕方まであっという間に時間が経つ。夕方所用で吉祥寺往復。10月はとことん雨が多い気がする。

イーバンク銀行で義援金受付口座が開かれている。郵便局に行く余裕がないのでネットバンキングでささやかながら募金させていただく。長岡では仮説住宅の建設が始まっているとも聞く。こういう職業についていながら何も実動が起こせない自分が情けなく感じる。

明朝山古志あたりは雪が降るかもなどと聞くと気持ちが揺らぐのがわかる2700時過ぎ。

_2004.10.27 [2001] [2002] [2003]

昼前に再び余震。震度6弱。長岡の実家には連絡がつく。長岡駅の一部が崩壊の恐れがあるとの報道。忙しさとの相乗作用で胃が痛む。

夕方まで昼抜きの急ぎ仕事。そういう時に限って外せない諸連絡に時間がかかったりして苛立ちが募る。なんとか終えた時には酸欠気味でちょっと頭痛がする。心身共にどっと疲労感。しばらく椅子に埋没して過ごす。

天候も不順なので延期続きだった長男K氏の通う幼稚園秋行事のお芋掘りがようやく行われた。泥だらけで帰宅。満足そうですね。

通低音の様に不安感を抱えている気がする深夜。どうもあまりいい方向に考えがまとまらないし集中力もない。

_2004.10.28 [2001] [2002] [2003]

快晴。東京は平和です。

長男K氏は遠足に行ってきました。といっても井の頭公園の動物園なのですが。あそこは草食動物(雑食含む)しかいないので幼児にはぴったりなのです。三鷹に住んでいた頃にはちょこちょこ行ってたんですけど最近ご無沙汰です。

夕方雑用で武蔵関駅周辺に出る。通りがかりの100均ショップによって缶詰などを買い込んでみる。連想ゲーム的買い物。しかし3日ほどの自給は必要だと感じる。

明日の準備を地味に処理。明日は数カ所を回る予定だけど駐車場を考えて電車で回ることを検討。都内の車移動の一番のネック。

方々に心配をおかけしているのを申し訳なく思う25時過ぎ。

_2004.10.29 [2001] [2002] [2003]

本日は連続打ち合わせ。外回り集中日です。

まずはS区内某消防署に向かう。オレンジを着た人往来しているとちょっとドキッとします。予防課で打ち合わせ中も室内にはひっきりなしに署内放送が流れて独特の緊張感があります。打ち合わせが終わり屋外に出ると正直ほっとする。近くの大戸屋にて軽く昼食。

千駄ヶ谷駅で電車を降りて新宿御苑方向へ。L'amusee de Keyaki にて開かれている野又穫ドローイング展 " SEEDS" 鑑賞。まず噂どおりのロケーションに驚かされる。新宿御苑に隣接する邸宅は巨大な欅の木を中心に実に瀟酒に佇んでいる。Pierre Barouh氏の東京の住宅を一時的にギャラリーとして開放しているのである。古い住宅独特の空気を感じながら新作のドローイングを鑑賞。野又氏の今までの作品のエッセンスを抽出したような印象を受ける。和室の床の間にも飾られている。昼時なので精進料理の会のお邪魔にならぬように座を正して観入る。

一通り鑑賞後野又夫妻と紅茶をいただきながらお話しさせていただく。この日記が縁で今回の展覧会も案内いただいたのですが、直接お会いするのは初めてなので緊張することしきり。何かあらぬ失言をしたのではないかと後で冷汗。最後に画集にサインをいただく。ツリーハウスのスケッチも入れていただき感激至極。帰り際庭を周回する。庭を眺め欅の大木を眺めているうちに哀しみや不安感は残っているのですがここ数日の緊張感/焦燥感は不思議と薄れていきました。いろんなものに感謝をささげたい気持ちになる。森羅万象に多謝。

丸ノ内線に乗り込み赤坂にて打ち合わせ。港区の某案件に関して。ふむふむ。ちょっと寄り道して暮れかかる日の中帰宅。

友人T氏は親族を迎えに新潟に戻ってきたそうでメールで詳細をレポートしていただく。現地の生の情報が身に滲みます。

_2004.10.30 [2001] [2002] [2003]

風邪気味である。むむむ。。。

冷たい雨の中母校で開催された法匠セミナーに参加。今回は高村雅彦先生、佐々木睦朗先生、さらに名誉教授川口衞先生という豪華な布陣。高村先生の講演では変貌する中国とその中の中国的空間のエッセンスを拝見する。中国に行ったのも15年近く前。行ってみたくなりました。佐々木先生と川口先生のお話は構造の話とはいえ実例を交えた話が多く興味深い。充実充実。休憩時間にエコ研によって先日のシンポジウムで作成したポスターの余りを数部いただく。降りは弱くなりましたが暖かい会場から出ると寒い。そそくさと帰宅。

世界ふしぎ発見!九寨溝という四川省の奥地にある桃源郷のような場所を観る。この地域が20年前まで中国の地図に乗っていなかったことに驚き。広いからなぁ。。。

風邪気味なので早めに就寝。やれやれ。

_2004.10.31 [2001] [2002] [2003]

夜中中激しい雨。転じて朝は快晴。そして曇り。落ち着きません。

午前中長男K氏に乞われて図書館へ。私は2冊、K氏は5冊借りてホクホク。飲食コーナで二人でお茶をしていると小中学生の会話が漏れ聞こえてくる。甘えているなと思うこと半分、厳しい状況だなと思うこと半分。彼等には彼等の社会があって大人よりもよほど厳しいのかなと昔を思い返しつつ撤収。

北海道の友人T氏から電話。T氏とは中学時代の同級生である。T氏の実家は小千谷市内。いろいろ状況を聞く。御母堂様がテレビに映っていたとかという話もあり。近々に小千谷に行くとのこと。まだまだ地震の件は長期戦になりそうです。

エコ研のデザイン仕事したり放置していたサイトのリニューアルに手をつけたり。CGIの設置も終えたことだし月も変わるのでそろそろリニューアルHPを公開。まだまだ手を入れたい部分も多いので11月は移行期間になりそうです。

溜まったメールを処理する夜。

[past sync days]

[2001] [2002] [2003]

back